裏切りというのは...

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 Sushma Joshi, Kathmandu, Nepal

 裏切りというのは、ああだったのかこうだったのかと考え込まされるようなこと、壊れたカセットテープみたいに心の中で何回も何回も繰り返し、そこに至るまでに起きた出来事をあちこちひっくり返し、見落としていたと思われる明らかな兆候を繋ぎあわせ、誰かが言っていたことと大きく矛盾する現実に頭を悩ませるが、どれほど怒りや痛みを感じようが、記憶を都合よく加工してみようが、裏切りに納得がいくことはまず、おそらく、ない。

たとえば、マヘシュ。一番の友だち。少なくとも僕はそう思っていた。ひところは僕の人生を捧げてもいいくらいに思っていた。なのにあのとき、ある晴れた朝、僕らの友情はトリプバン国際空港で崩壊した。あちこちに散らばった事実とおぼろげに残っている感情をあとでかき集めても、どうしてあんなことになったのか、いまだ僕には理解できないのだ。

ボンベイのあの騒がしくて、蒸し蒸しした夜という夜を、僕らは一緒にたくさんの時間を過ごした、ネパールにいた頃の思い出話を、夢や希望を、徐々にしぼんでいく野心を語るに充分な時間、愛とか裏切りについて心を割って話すところまでいくのに、自分たちが生涯の友になるとわかるのに充分な時間があった。口に出すのが辛い出来事、傷つき、ひどい苦しみを味わったことを心置きなく話せるところまで、僕らはいっていた。

マヘシュは僕に、恋人が結婚式の前日に、カシミール絨毯の商人と駆け落ちしたと語った。僕の方は僕の奥さんラーダーは、僕と一緒になるために前のダンナのところから逃げてきたんだけど、またしても駆け落ちしたんだ、今度は彼女より十歳も若い警察官とね、と言った。「そいつはさ、彼女の足を毎晩マッサージするんだってさ、マヘシュ」 僕は最初にその男の存在がわかったときの、ひどいショックの中でそう告げた。晩に家に電話したら、なんてことだ、知らない男が電話をとって、野太い声が電話線の向こうから聞こえてきたんだ。ラーダーときたら、インド神話の貞節なラーダーとは似ても似つかない厚かましいやつで、今警察官の男と一緒なのって言うわけだ。で、その男は毎晩あたしの足をマッサージしてくれるの、だってさ。このオレにだよ、まるで仲良しのクソアマかなんかに言うみたいにさ。それから時を置かずして、息子のために家を譲渡すると契約書にサインしてくれって、まるでこっちには自分の家にも、妻や子どものことにも、何も言う権利がないみたいにね。あのクソオンナ。もっとよく知ってれば、結婚なんか絶対しなかった。でもこれからはもっとうまくやるさ。

僕がマヘシュに出会ったのは、二人がボンベイの建設現場で働いていたときだ。テカダールが僕らを狭苦しい一室に押し込んだわけだけど、そこは茶色いゴキブリが戦場みたいに走りまわってて、洗ってない服のいやーな臭いと、男たちがムスコを相手に我が手を駆使して湿っぽい夢想にふけった後の残り香が立ち籠めててさ。僕はダリ(綿の敷物)を床に敷いて寝てた。マヘシュの方は長くボンベイにいたんで、自分の木のベッドに緑のシーツ、スリデヴィのポスターをべたべた貼ったつい立て、小さなラジオを持ってて、そのラジオときたらパンパンに張ったポリ袋みたいにガーガーパチパチ一晩じゅう鳴ってて、朝も早くから部屋の者を起こすわけだ。マヘシュはそのラジオに夢中で、何時間でもその前にいる。音楽やら広告やらプロパガンダやら遠い世界からやってくるBBCやラジオ・アメリカの雑音を聴いている。もちろんマヘシュは英語なんかひとことも知らない、でも全然気にしてないみたいでラジオの前に座りつづけ、何時間も何時間も、ガーガー言う騒音と自分の預かり知らない、理解もできない世界のうなり声を聴いている、それもただ音を聞いてるだけ。「クソッタレラジオを消してくれ、マヘシュ」 僕が怒鳴っても、マヘシュは聞こえないふりをしてダイヤルを回しつづける。もちろんそのときは、つまり仕事で疲れた夜にあの雑音を聞いて、キチガイマヘシュと憎っくきラジオを呪っていたときは、それから十年の内に自分が英語を学んで海外に行き、新しい家を建てるまでになるなんて思いもしなかった。奇跡は起こるんだ。僕は読んだり書いたりを学ぼうっていつも意識していたんだな。でもこれはまた別の話。

十五年前のこと。腐るほどたくさんの手抜き工事のビルと死にそうな体験をした後、僕らは建設現場といかがわしいテカダールの元を離れて、もっと実入りがよくて簡単に儲かるホテル業に仕事を鞍替えした。そう僕を説得したのはマヘシュだ。「ネトラが足場から落ちた、新しいビルの現場さ。テカダールは遺体を故郷に送り返す金を払いたくないんだ」 ある晩、仕事の後でマヘシュは皆に言った。恐い顔をしていた。

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⏰ Last updated: Dec 08, 2011 ⏰

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