第3場アーロンの告白

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キャンディは、ポニーの丘から遠くに広がる雄大な景色を見つめ
ていた。

テリィの手紙に動揺しながらも、アーロンに思いを馳せた。

4年前、二人でお父さんの木の下に立っていた時に、アーロンは、
自分の決心をキャンディに告げた。

冬が訪れ冷たい風に骨まで凍えていた。

それでも天気が良かったので、屋外にいることを楽しんでいた。

「僕は町医者になることに決めたよ」
キャンディの隣にいたアーロンが、ピーターや他の二人の子供達
が雪投げをしているのを見ながら言った。

「ボストンのお仕事に未練はないのですか?評判の良い病院なの
でしょう?」
キャンディは、訊ねた。

──アーロンは、ただ微笑んだだけで答えなかった。

******


アーロンの母親ジェーン夫人と妹セシリアは、彼が訪ねてきた翌年の春遅くに到着した。

ジェーン夫人は、素晴らしいドレスメーカーで、店は瞬く間に評
判となり繁盛し始めた。

セシリアは、ジェーン夫人の店のやり繰りを助ける一方、ポニー
先生とレイン先生の手伝いを無償でしてくれた。

最近ポニー先生は、疲れを感じやすくなっていた。

セシリアとハーレー先生は、ポニーの家の新しい仲間として快く
迎えられ、子供達は、二人が次はいつ来るのかと、いつも楽しみにしていた。

セシリアを慕っていたのは、子供達に限らず、地元の学校の青年教師ジェイミー・ロウェルもだった。

セシリアがポニーの家に手伝いに来る時は、ジェイミーもポニーの家の子供達に課外授業でもしようと口実をつけては、いつも一緒について来た。

今、ポニーの家はとても活き活きとしている。

素晴らしい事だと、キャンディは思う。

若い女性達の怪しげな病気による来院を、いつも面白がっていた
キャンディは、この青年医師の目が、自分だけを捉えている事
に、気づいてもいなかった。


3年前、遂にアーロンが、キャンディに告白する迄は──。

その日、地元の宿屋の娘サリー・モリスが、"不整脈" をうった
えて来院した。

「重い病気なんでしょうか?アーロン先生?」
サリ―は、ひどく取り乱していた。

アーロンは、何処にも異常を見つけられなかった。

キャンディは、そんな医師と患者のやり取りが余りにも可笑しく
て、思わずアーロンをからかいたくなってしまった。

キャンディは、怯えながら座っている患者の背後に近づくと、こ
う訊ねた。
「サリーさん、他にはどんな症状がありますか?息苦しくはあり
ませんか?」

「は、はい」
患者のサリーは、答える。

キャンディは、患者の目の前に座っているアーロンを茶化すよう
に見ながら、自分の胸に手を充てると、一人芝居でもするかのよ
うに、
「あ〜〜、アーロン先生、わたしの呼吸を止めてしまわれるの?」
と、口を動かして、喘いでみせる。

「火照りは感じますか?」
キャンディは、サリーに問い続ける。

「は、はい」
サリーが答える。

キャンディは、胸に手を当てたまま、もう片方の手で自分を仰ぐと、口をパクパクと動かす。
「おー、アーロン先生、私を助けて下さい!」

顔をみるみる赤くしながらアーロンは、キャンディを睨みつけてやめるよう合図を送った。

キャンディは、懲りずに患者に続ける。
「失神してしまいそうな感じもしますか?サリーさん」

「どうしてかしら、はい、しますわ!あー神様、私はどうしてし
まったのでしょう?」
サリー・モリスは医師に訴える。

キャンディは額に手を充てると、倒れるふりをしながら、また口を動か
す。
「先生、私、貴方に、絶望的に、恋をしているんです!!」

アーロンは、再びキャンディを睨んで、やめるよう忠告する。

キャンディは、アーロンに向かっていたずらっぽく舌を出すと、
真面目な口調で患者に言った。

「サリーさん、残念ながらこれは、とても重い心の病気です。先
生、いかがですか?何か治す方法は、ありますか?」

アーロンは、我慢の限界に達していた。

「キャンディの言う事を聞く必要はありません、サリーさん。
キャンディは、自分が何を言っているのか、わかっていないんです。
──そうですね。サリーさんは、──おそらく働き過ぎでしょう。もっ
とリラックスするように心がけてみてください」

サリー・モリスが落ち着きを取り戻し、診療所を出ていくまでに
アーロンは30分も費やしてしまった。

サリーが出て行くや否や、キャンディは大声で笑い出し、なかな
かやめることが出来なかった。

「サリーの心が揺らいでいるのは、先生のそばにいるからで
しょう。わたしの診断によれば、また別の "アーロン先生症候群"
の患者さんね」キャンディは笑った。

「サリーのは、恋の病よ」
心配している看護婦の物腰で言った。
「そして、先生、"名"先生だけが治療薬だわ」

「キャンディ!」
アーロンは睨みつけると、ため息をついた。

やがて意気消沈した眼差しは優しくなり、こう言った。

「キャンディ、......もし僕が、......僕が求めているのは、......君
だけだと言ったら?」

キャンディは、自分の耳を疑った。キャンディは、アーロンを見
つめた。

でも目には何も映っていなかった。ただ混乱していた。

「......そんなに、......おかしなことかい?」
アーロンが椅子から立ち上がると二人の目が合った。

「アーロン......」
キャンディは、何と言っていいか考えられずにいた。

勿論、彼が魅力的なのは知っている。誰もが知っている。

──でも、長い間自分自身を、そういうふうには考えていなかった。

殆ど思い出すことのない、あの時から(ニューヨークでの雪の降る
あの冬の夜から)、キャンディの心臓はかろうじて動いてはいたけれ
ど、心は止まっていた。

決して溢れることのない噴水のように──。

彼女の心は (──そして時間も) 、止まったままだった。

暫くしてアーロンは、目をそむけた
「考えてみてくれないかキャンディ。──僕達に、チャンスをくれな
いか?」
弱々しく微笑み、そう告げた。

The One I Love Belongs to Somebody Else    〜それでも君を愛してる〜  By Alexa KangWhere stories live. Discover now