第32場セシリア、テリィと対峙

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ホテルの従業員が、若い女性が面会を求めていると伝えに、部屋の扉を叩いた。

テリィは、椅子から飛び降り、キャンディに会えると期待しながら、ホテルのロビーに駆け下りていった。


しかし、そこにいたのは、初めて見る女性だった。

彼女はまっすぐにテリィを見ているその瞳は、突き刺さるように冷たかった。

「何か、僕に御用ですか?」

テリィは礼儀正しく訊ねた。

「あなたがテリュース・グレアムさん?」

彼女の声は、氷のようだった。

「セシリア・ハーレーと申します。キャンディの婚約者の妹ですわ」

思いがけない発言にテリィは、戸惑った。

「キャンディに頼まれて来ましたの。この手紙を、あなたに渡してくれるようにと──」

セシリアは、手に持っていた手紙をテリィに渡した。

それは、キャンディが、テリィにノーと伝えようと以前に書いたものだった。

あの日、手紙を破棄するつもりでいたセシリアだったが、キャンディが去った後に、不穏な感情が沸き起こった。

特に何も考えずに、取り敢えず取っておくことに決めたのだった。


ここに来る途中も、躊躇しなかった訳ではなかった。

セシリアは、越えてはいけない一線を越えようとしていることも分かっていた。

しかし、アーロンはここ数日心底傷ついていた。

これ以上、兄のあんな姿を見るのは忍びなかった。


テリィは手紙を受け取ると、すぐさま読み始めた。

落胆した──。

打ちのめされた気分だった。


『何が正しい事なのか......考えるから』

それが、キャンディがテリィに云った最後の言葉だった。


(分かっていた......)

テリィは、苦笑いを浮かべた。

そう予測すべきであった。


『でもそうしてしまったら、沢山の人々を傷つけてしまう。わたしには、そんな事は出来ません』

キャンディは、そう綴っていた。


いつだって誰も傷つけまいと行動する。

それがテリィの知っているキャンディだった。


『もちろん、アーロンへ愛情を抱いています。この3年間、アーロンは私の側にいてくれました』


(──おれは、10年間どこにいたんだ?他の女性の為に人生を捧げていたんだ)


「これは、キャンディと兄が婚約した時の写真です」

セシリアは、写真をテリィに手渡した。


テリィは、受け取らずにただ写真を見た。

そこに写っていたのは、この上なくハンサムな男性だった。

キャンディも嬉しそうだった。

キャンディの幸せも、キャンディを愛しているその男性も申し分ないと、はっきりと見て取れた。


「キャンディは、......キャンディは、今どうしているんです?」

テリィは、生気の無い静かな声で訊ねた。


「もちろん、キャンディは、とても深く落ち込んでいます。泣き止むことが出来ずにいます。あなたに、自分では会いに来れなかった。だからわたしにここに来るよう頼んだのですわ」


(──写真の中のキャンディは、幸せそうに見える。おれがここに来たことで、キャンディを苦しめている。おれは、かつてニューヨークで、キャンディに言ったんだ。幸せにならないと承知しないと──。それなのに、おれは、やはりここで、キャンディを苦しめているのか──)

「キャンディは、既に決断しています。ここをお発ちになった方がよろしいのでは、と思いますけれど。あなたは、もう十分すぎる程問題を起こしていますわ。キャンディと兄に、平穏な時を返してあげてくださらないかしら。来月には結婚するんですもの」


(キャンディの幸せを妨げる原因になるわけにはいかない──)


──テリィはもう一度写真を見た。


(これがキャンディが決めたことなら──、キャンディが幸せになれるなら──、苦しむのはおれでいいんだ)


「......わかりました。ハーレーさん」

テリィは、言葉を喉につまらせながら、絞り出すように言った。

「......今すぐここを発ちます。......ご迷惑をおかけして、......申し訳ありません」


The One I Love Belongs to Somebody Else    〜それでも君を愛してる〜  By Alexa KangWhere stories live. Discover now