第17場ウェディングドレス

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キャンディがハッピー診療所に戻ると、アーロンとジェーン夫人がいた。

「キャンディ!やっと戻ったのね。あなたを待っていたのですよ」
ジェーン夫人は、キャンディを見て嬉しそうに笑った。

「ご機嫌よう、ジェーン夫人。お待たせしまってごめんなさい。でも、お見えになるなんて知らなかったわ」
キャンディはほほ笑みながら言った。

「いい知らせがあるのですよ。──何だと思います?」
ジェーン夫人の声は、とても高揚している。

「あなたのウェディングドレスが仕上がったのよ!試着の準備が出来たから、一緒に来て試して欲しいのよ。今から来られるでしょう?あなたのドレス姿が待ち切れないの」

──ウェディングドレス!
キャンディは、心臓がまだ凍っているように感じた。

「母さん?母さんが待ち切れないですって?僕が待ちきれないんですよ!この僕が、ね!」
アーロンが、眉を釣り上げながら言う。

「それは残念ね、あなたはまだまだ待たなくてはいけませんよ」
ジェーン夫人は、はね退けるように言った。

「時間も遅くなってきたようだし、患者さんももう来ないでしょう。来たとしても、アーロンだけで対応出来るわよね。キャンディ、わたしと一緒に来てくれるわよね。さあ、さあ」
ジェーン夫人はキャンディの手を取ると外に連れ出そうとした。

キャンディが振り向いてアーロンを見ると、彼はほほ笑みながら降参したような表情をつくり、肩をすくめ両手を掲げていた。

ジェーン夫人は、女性ドレス専門の自分の洋装店へ向かう為、馬車にキャンディを乗せた。
道すがらジェーン夫人は、ケーキや花や食事などの結婚式の準備について楽しそうに語っている。

キャンディは、罪の意識に襲われた。
気持ちがとても重い。
身動きできないような息苦しさを感じた。

洋装店に到着すると、セシリアが生地を片付けていた。

「アニー!」
キャンディは、アニーがいたことに驚き、思わず声を張り上げた。

「ジェーン夫人がご招待してくれたのよ」
アニーは、キャンディにほほ笑んだ。

キャンディは、ジェーン夫人とセシリアとだけになることは避けたかったので、アニーがいてくれてホッとした。

「あなたのウェディング・ドレス姿を見逃したくなかったもの!」
アニーが言った。

「セシリア!キャンディのドレスを持ってきてちょうだい。キャンディのドレス姿を早く見てみましょうよ」
ジェーン夫人は、娘をせき立てる。

「はい、お母さん」
応えたセシリアの強張った口調には、誰も気づかない。
セシリアは、店の奥に入って行くとドレスを持ってきた。

「さあ、キャンディ、着てみてちょうだい」
ジェーン夫人が促す。

キャンディは、セシリアからドレスを受け取ると試着室に入って行った。
キャンディは驚いた。

なんて美しいドレス。

それは、あらゆる若い女性が皆夢中の、新しいフラッパースタイルのドレスだった。
キャンディ自身、このようなドレスを着たことはなかった。
袖は無く、首周りはレースで仕上げてあった。
刺繍をほどこしたドレスの裾は後が優雅に長くのび、その生地の柔らかさは、例えようがなかった。
ドレスに着替えたキャンディは、試着室から出ると、皆が待っている所に戻ってきた。

キャンディのドレス姿を見たジェーン夫人は興奮を抑えきれなかった。

「まあ、キャンディ!」
声を荒らげるハーレー夫人に、キャンディは笑みを返す。

「キャンディ!とても華やかよ!」
アニーさえも歓声を上げ、その目は潤んできた。

「セシリア、どうかしら!」
ジェーン夫人は訊ねた。

キャンディがセシリアの方を向くと、まるで何かに挑戦するようにキャンディの目を真っ直ぐに見つめていた。
キャンディは、セシリアのそんな視線を見たことがなかった。

「髪飾りも付けてみてはいかが?」
セシリアは、母親の問いには答えないまま、そう言った。

「そうね!そうね!」
ジェーン夫人は言う。

ジェーン夫人は、羽根がフワフワ揺れていて、サイドに付いた花までもがレースが基調のヘッドバンド型の髪飾りを取り出した。
美しいビーズと小さな星型も入り混じるラインストーンのストリングスも付いている。
髪飾りをキャンディの頭に結つけると、二本の長いサテンのリボンが、キャンディの左肩に優しく垂れかかる。

「レース模様も考えたのだけれど、あなたの長い髪には似合わないと思ったのよ」

「お気遣い頂いたのですね、ジェーン夫人」
アニーは感謝の意を込めて言った。

「キャンディ、髪を短く切ってみたらいいのに。あなたの髪だったら簡単に美しい指巻きカールができるわよ」

アニー自身は、しばらく前から甘美な長髪を今流行のボブカットにしていた。

申し訳なさそうにほほ笑むキャンディは、幸せそうなジェーン夫人を見て恥ずかしくなった。

「さあ、自分でも見てご覧なさい」
ジェーン夫人は、キャンディを部屋のすみの姿見の前に連れて行った。

自分の姿を見たキャンディには、鏡に映る姿は他人のように見えたが、ドレスの絶妙さは、ジェーン夫人が何時間もかけて縫ってくれたおかげだと思った。
キャンディの心は、ざわめいていた。

(何があってもこの女性を傷つけるようなことは、出来ない。絶対に!)

「アーロン・ハーレー夫人」
アニーのからかう声が聞こえてきた。

「どんな感じに聞こえて、キャンディ?」

キャンディは、アニーが何かとてつもなく不可解なことを言ったように聞こえ、思わずアニーを見上げた。

(アーロン・ハーレー夫人......)

アニーは、キャンディの後ろに来るとキャンディを抱きしめた。

「サウスヘヴン中の全ての女性が、たった数週間のうちに、打ちひしがれてしまうのね」

キャンディは、アニーに振り返ると無理やり笑顔を作った。

その背後ではセシリアが、考え深げな眼差しでキャンディを見つめていた。

The One I Love Belongs to Somebody Else    〜それでも君を愛してる〜  By Alexa KangWhere stories live. Discover now