第5幕終幕 第28場カサンドラの贈り物

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キャンディは、暗闇の中、ベッドに腰かけ婚約指輪を見つめていた。
窓から差し込む月明かりだけが部屋を照らしていた。

この4日間は、至福のときだった。
でも、毎晩、アーロンを思い出した。

アーロンをもう少しで裏切りそうな罪悪感も重なり、再び指輪をはめた。

『エメラルドを見た時に、君の瞳を思いだしたんだ』

アーロン、......とても辛抱強くて、とても優しくて......。

わたし達二人の未来は、こんなにも約束されているのに......。

『おれと結婚しろよ!他の奴となんてするな。代わりにおれとすればいい!』

テリィ......。

一緒にいたい、......この上なく強く、......耐えがたいほどのたまらない思い......。

テリィを抱きしめて、テリィの苦しみを拭い去って、二人が今まで失ったものを取り戻せたら......。

今度こそ──。

キャンディには、他人に苦悩を生み出すような犠牲はもう図れない。

生まれて初めて、どちらの男性を選ぼうとも、選べなかった男性に苦悩と悲嘆を架してしまうという非情な思いに陥った。

翌朝、顔を洗っている時に、ホテル内が賑やかになってきたことに気がついた。

ャンディは、急いで着替えると、下の階へ降りていった。


カサンドラが戻って来ていた。

他の従業員共々、数え切れない荷物をホテル内へと運びこんでいた。

カサンドラは、階段の途中に立っているキャンディに笑顔で訊ねた。

「キャンディ!今朝のご気分はいかが?」

「カサンドラさん、おはようございます。えぇ、とてもいい気分です。ありがとうございます」

「朝食は召し上がったのかしら?チェルシー、台所に行って何か作って差し上げてちょうだい」

カサンドラはそう言うと、階段を降りてくるキャンディに近づいてきた。

「かしこまりました」

チェルシーは、そう言うと、ロビーから去っていった。

その間も、男性達はラムや他の酒のケースを次から次へと運び入れていた。

「わたしの主人が送ってくれたのですよ。素敵でしょう?こんなに沢山!だから今夜はここでパーティを開こうって決めたのよ」

「パーティ?」

キャンディは、楽しげに言った。

今夜訪れるであろう喧騒はたやすく想像できた。

二人は応接間に行くと腰を下ろした。

「今夜のパーティは、とても楽しいものになるわ。もう一日滞在を延ばさなくてよろしいの?」

キャンディは笑みを浮かべ俯くと、申し訳なさげに首を横に振った。

「どなたか大切な男性(ヒト)が待っているのかしら?」

キャンディは、驚いてカサンドラを見つめ返した。

カサンドラは、ほほ笑み、キャンディの人差し指にはめられたエメラルドの指輪にチラリと目を向けると、まるで秘密でも共有するようにキャンディの瞳を覗いた。

キャンディは恥ずかしくなってしまった。

「ちょっとした贈り物があるのよ」

カサンドラは、机の上から小さな宝石箱を取ってくると、キャンディの目の前で開けてみせた。

箱の中には、金の鎖に繋がれた、真ん中に小さな青い宝石が埋め込まれたハート型ペンダントが入っていた。

「ヒルクレスト荘からのお土産よ。つけてもよろしくて?」

カサンドラは、キャンディが断る間もなくネックレスを首にかけた。

「心の赴くままにと、あなたに思い出してもらえますように......」

キャンディは、一瞬たじろぐと、そっとつぶやいた。

「誰も......傷つけたくないんです」

カサンドラは、煙草に火をつけ長い煙草ホルダーから息を吐き出した。

そうして、キャンディの横顔を見ながら言った。

「──もう既に誰かが傷ついているのよ。避けようが無いことなのよ」

キャンディの顔は悲しげな表情で覆われた。

こんなにも自分を見失ったことはなかった。

「自分の心に従うのよ。最も愛しているひとへと導かれてご覧なさい」

カサンドラは、繰り返した。

(心に従う......)

キャンディは、ネックレスにそっと触れた。

「そしてね、その人よりも愛していないと選んだのがどちらであれ、そのことは、その人を自由にするという愛の形にもなるのよ」

キャンディは、そんなふうに考えたことはなかった。

カサンドラを見ると、何かを悟っているようにほほ笑んでいた。

「あなたが、ありったけの思いで愛していない人......それはテリュースかもしれないし、他の誰かかもしれない。......あなただけが知っているのよ。でも、どちらの男性を選ばなかったにせよ、あなた以上にその彼を愛してくれる人が、何処かに必ずいるのよ」

キャンディは、カサンドラを見つめた。

カサンドラの美しいすみれ色の瞳は、まるで、キャンディの苦悩の海に浮かぶ篝火のようだった──。

「彼にその人を探させてあげるのよ。彼を自由にしておあげなさい」

The One I Love Belongs to Somebody Else    〜それでも君を愛してる〜  By Alexa KangWhere stories live. Discover now